3年目気象予報士の成長日記

ある大学生気象予報士が、日々の天気を通じて学んでいくブログです。 気象庁発表の天気予報の解析、解説を行っています。

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長い道のり。千里の道も一歩から。

外もこれから下り坂ということだし、久しぶりに集めていた速報天気図を整理しました。

昨年の8月に10000枚に達した速報天気図は、あれからまた1年、集め続けてきました。

実は、昨年より、速報天気図を3日間遡ってみることができるようになりました。それ以前は1日分しか見られなかったので頻繁に保存していましたが、3日分見られるとなるとだいぶ心にゆとりができますね。まあ、この1年分はすべて集められただろう…とおもっていたら、まさかの1枚分、逃してしまっていた。

2016年8月10日6時。

2011年8月23日15時分より集め始めた速報天気図は、2016年8月31日で1836日目となりました。全部で12763枚。もうかれこれ5年。
保存し忘れてしまったのが全部で85枚。うち最も多かったのが18時の天気図で38枚。取得率は99%を超えるけど、忘れるときはまとめて忘れてしまった時も。

次の目標は20000枚。これからすべて集めるとすると、20000枚に達するのは2019年7月1日という計算になるらしい。

よし、まずは1年。来年の夏まで頑張ろう。

平年温度が一目でわかる

今日も暑くなってきました。平年を上回る気温です。もう夏ですね。
ところで、平年って何でしょう。
今の平年とは、1981年1月から2010年12月までの30年間の平均値を表しているわけです。その間にも、地球環境は変化し、地球温暖化により気温が数度上がっていますから、普通であれば若干平年値を上回るということはおかしくないことです。しかし、これが5度も6度も上回るというのはやはり異常な気温ということになってくるでしょう。
しかし、人の慣れとは怖いもので、たとえ平年より高い気温が続いても、数日続けば、それが当たり前のような気になってしまいます。いつもより10度高い1週間があって、その次の週が前の週より5度下がったとしたら、平年をまだ5度上回っているのにもかかわらず、おそらく多くの人が涼しくなったと感じてしまうでしょう。たまには、本来の暑さとはどの程度のものであるべきかというのを振り返ることが必要だと思います。
じゃあ、今の平年ってどれくらいなのというのを一目でわかるようなものってなかなかないんですよね。確かに気象庁は過去の気象データをだれでも閲覧できるように公開していますが、そのデータを引っ張り出してくるのが結構めんどくさい。そこで、今回、気象庁の過去データのうち、気象庁HPの全国版天気予報で表示されている23地点について、1年を36区分に分ける旬別の最高気温及び最低気温を天気予報チックに表現してみました。これで、今の時期の平年値の全国分布がある程度一目でわかるようになると思います。今後、このブログで天気解説をしていく際に、平年との比較をする場合は、この資料を基にしたいと思います。

また、pdfファイルとしてダウンロードできるようにいたしましたので、よろしければご活用ください。
ファイルサイズは6.5MBです。

pdfダウンロード

【考える】"体感"とは?

日常の疑問を記事にすることも必要かと思いたまにはこんな記事を書いてみました。

気象予報士試験を含め、気象学は数式を用いることが多いです。なにしろ物理の一種ですから。そこで定義されるものは、やはり物理的なものなのです。物理的とはなんでしょうか? "物理"と聞くとなんとなく専門的なイメージがある方も多いのではないでしょうか?どことなく日常とはかけ離れたような。しかし、逆説的にも、実は身の回りの多くのことは物理で説明がつくというのが現実です。それでも物理だけでは説明のつかない事柄もたくさんあると思います。その一つが"体感"という概念です。

体感温度という言葉はたまに天気予報で聞くことがありますね。インターネットを調べると複雑な式化がされているのも目にします。式は書きませんが、その式は、温度と湿度と風速という3つの要素だけでできたものです。果たして、これで体感温度が現わせるのでしょうか?

体感というからには人の心情がつきものだと思います。さすがに人の心情を式化することはできませんが、人の心情を大きく左右するものの一つに"変化"があるのではないでしょうか?人はごく些細なことで心が揺さぶられることがよくあります。それは天気という分野でも一緒。その"変化"というのが体感温度の計算に含まれていないのが不思議です。

"変化"。例えば、気温が日中上がっていくとだんだん暑くなってきたと感じますが、その上がり具合でも、1時間に1℃上がった場合と10℃上がった場合では体感は異なるのではないでしょうか?湿度や風速の条件がまったく同じとして、1時間前に15℃だった気温が16℃になった時と、1時間前が6℃だった気温が16℃になった時、今の体感温度の計算では同じ体感温度になります。しかし、多くの人にとっては、後者の場合の方が暑くなったと感じるのではないでしょうか?

なぜこんな疑問が湧いたのか。

実は今日の東京は日中雨が上がって曇り空となりました。夜からはまた降り出してくる予想です。そんな日中、昼過ぎと夕方に外を歩いたところ、昼過ぎはあまり感じなかった雨の気配を夕方感じたのです。しかしアメダスを見てみると湿度も風速もはたまた温度もほとんど同じだったのです。しかし一つ違ったことがありました。それは"変化"です。湿度の推移をみると、朝から昼過ぎにかけては湿度が下がってきていました。しかし夕方になって湿度は上がり始めていたわけです。同じ湿度、同じ温度、同じ風速、なのに違う感覚。これぞまさに体感でしょう。

驚いたことに、体感湿度というものは存在しないようですね。「ジメジメ感じる」とか、「カラッと感じる」湿度というのはありますが、ある温度、ある風速に時の体感湿度を数値化して表すというのは今の所ないようです。天気予報でも体感湿度は〜%ですという予想はあまりありませんね。しかしもし数値化するならば、この"変化"を考えずして表すことはできないでしょう。

気象予報士試験では物理はたくさん問われます。しかし体感といった、実は生活に深く根ざした概念は問われません。ところが気象予報士としては、より日々の生活に近い観点から予想することが求められます。「今日は北風が強くて肌寒く感じましたね。」という質問に、「でも気温は高かったのでそんなに寒くなかったでしょう。」なんて答えるのはふさわしくないでしょう。天気の仕組みを物理的に理解していくことはとても大切なことですが、それをどう生活に結びつけて説明するかというのがとても大切だと感じました。気象を扱う人は、専門的な物理だけでなく、一般的な感覚も養っていく必要がある。こんなことを言うと語弊があるかもしれませんが、この違いこそが物理学者と気象学者、気象予報士の違いなのかもしれません。

防災教育について考える

熊本地震から1週間以上が経ちました。ようやく余震の回数も減ってきていますが、気象庁は以前の会見で、「これで収束すると思わないでほしい。次の大きな地震が起こる可能性もある。」と言っていましたので、油断はできないところです。

さて、今日は地震を始め自然災害に対する教育の話、つまり防災教育については考えたいと思います。

みなさんがかつて学生時代に、今学生の方は今の、授業の時間割を思い出してみてください。そこに、「防災」という科目はありますか?おそらくないでしょう。現在、防災教育を授業の一環として導入されているのはおそらく、防災科なんていう過程の高校生か大学生くらいではないでしょうか?つまり、多くの人は、まともに防災教育を受けないで教育過程を卒業してしまうのです。これは極めて異例な国とも言えます。

日本はご存知地震大国です。昔から幾度となく巨大地震に悩まされてきました。周囲を海に囲まれた日本は津波の脅威もよく知っています。それに加え、気象の分野でも四季がはっきりした気候区に位置しています。季節の変わり目は豪雨になることも多くあります。世界の中でも自然災害が特に起こりやすい国とも言えるでしょう。それにもかかわらず、自分の命を守る術を学ぶ「防災」という授業は存在しないのです。どう思いますか?アフリカで難病が流行っている地域では医療を学ぼうと必死になる人がたくさんいます。あるものに悩まされると人はそれを克服しようと必死になろうとするものです。なのに日本人は地震に数多く悩まされながら、防災に必死とは言えないのではないでしょうか?

仲間との関わり合いを学ぶ「道徳」、生活を学ぶ「家庭科」、パソコンとの関わり合いを学ぶ「情報」、これらはとっくにほぼすべての教育機関で学ぶことができます。しかし、自然との関わり合いを学ぶ「防災」は残念ながら普及していません。

でも、避難訓練くらいならしたことあるよ!と仰る方もいるでしょう。そうですね。避難訓練は普及しています。えっと、年に1、2回だけだけど。それも、教育者が、指導しやすいようなテーマに沿って。それで役になったという例も確かに東日本大震災の時に報告されているようです。しかし、現実はそんなものではありません。気象予報士になって、日々の天気を見ていると、教科書的な場合もありますが、教科書通りにはいかない例もたくさんあります。比較的方程式が確立されていて、予報の精度も高い天気の分野でさえです。まして、 地震予知などというのは、場所、時間をバッチリ当てるという予報の精度はほぼ0といっても過言ではありません。そもそも教科書というものを作ることができないのです。

もしかするとこのことが、文部科学省が防災教育を普及させない理由があるのでしょうか?

私は何も、避難訓練を否定しているわけではありません。何かが起こったときのことを想像して、シミュレーションして、実際に行動してみる。素晴らしいことだと思います。しかし、3つの問題点があると思います。まず頻度が少なすぎる。年に1、2回で身につくはずがない。どうですか?ご自身が学生の時に参加した避難訓練を思い出してみてください。しっかり覚えていますか?次に、面白くない。誤解を招く表現かもしれませんが、何も避難訓練に面白みが必要なわけではなく、毎回同じような条件で行ってしまう避難訓練はつまらないし、あまり役には立たないということです。事実、例えば低学年の間は必死になって取り組んでいた避難訓練も、高学年になるにつれサボりがちに、半分ふざけながら参加していた人も少なくないでしょう。避難訓練に慣れっこになってしまったのです。それにほとんどが学校内限定の避難訓練です。こんなのが実際に役立つはずがない。最後に、 種類が少ない。避難訓練の種類といえば、地震か火災か津波くらいでしょうか?でも、豪雨災害や洪水災害など他にも災害はたくさんあります。

ではどうすればいいんでしょうか?やはり頻度を増やすということは大切だと思います。あとでまた述べます。それからもっと大切なのは、頭を使わせる避難訓練です。今の避難訓練は、先生たちがすべて指揮して、避難場所の体育館であったり運動場であったりにぞろぞろ並んで避難します。そんなこと実際にあると思いますか?できるわけがないでしょう。実際に起きた時は、みんなが揃って授業中かはわからないし、教師がいないかもしれない。普段使っている避難経路が使えないかもしれない。場合によっては下よりも上に行くことが大切かもしれない。今回の熊本地震のように大きな地震が立て続けに起きるかもしれない。もっと言えば学校内でないかもしれない。それこそ避難訓練は"迷路"にしたほうが役立つと思うのです。今回はここは通れないだとか、今回は津波の恐れがあるだとか、今は夜だとか、毎回毎回状況を変えて、そして教師もつかずに生徒自身で考えて行動させる。それこそが実際の災害時に活かすことのできる力を育てられるのではないでしょうか?場合によっては、訓練といえど、しっかり避難できなかった生徒に対しては、「実際ならあなたはここで息絶えてたよ」と言ってあげることも必要かと思います。何がダメだったのかを考えることも大切だからです。

「防災」とは、2つの意味があります。一つは今言ったように、災害から身を守るということです。もう一つは、災害が起きた後も身を守るということです。どういうことかというと、地震災害では何も地震だけによるものではありません。その後に雨が降れば土砂災害の可能性もありますし、車で避難していればエコノミークラス症候群になる可能性もあります。実際の地震ではストレスなどメンタル面でも不安定になるかもしれません。いわゆる災害関連死を防ぐことも大切ということです。

少し地震についての話になりすぎたので地震から話題を変えます。防災は何も地震に対するものだけではありません。種類を増やすということですが、ここで問題になってくるのはどの災害が起きやすいかは地域によって異なるということです。内陸県で津波の避難訓練を頻繁にしても有効とは言えないでしょう。逆に土砂災害とかへの訓練の方が必要でしょう。しかし起きにくいからといって全く学ばないというのもよくありません。旅行で海水浴に行っていた時に津波に遭う可能性もあるからです。将来は今住んでいるところとは全く別のところに住むかもしれないからです。将来どこに行っても、考えて行動できる力を身につけさせることが大切なのです。

こういう地域差があることも防災の教科書を作れない理由なのでしょうか?それでもいいんです。教科書作っちゃえば。教科書では、一般的な災害に対して、しっかり学べるようなものを作り、避難訓練は地域に即したものを行う。内陸県でも教科書で津波について学ぶ。実際の災害は教科書的なものばかりではないと書きましたが、教科書の内容が理解していないようでは教科書的かどうかを判断することもできないのですから。応用は基礎の上に立つものです。

防災とは何も大きな災害ばかりではありません。例えば雷がなった時はどう行動するのか?ゲリラ雷雨などで河川が増水した時はどうするのか?増水した河川に人が流された時は?沿岸部の地域は高波や高潮も考えられます。大雨の後は地滑りがあるかもしれません。地域差があるもの、地域差がないもの、いろいろあります。地域差のないものは教科書で、地域差のあるものは個別に学んでいくことが大切です。

こうなると、教科書で学ぶこともたくさんあるし、実際に体と頭を動かしてシミュレーションすることもたくさんある、とても年2、3回では足りません。低学年の時から少しずつ、でも確実に力になる防災教育がこれからは必要なのではないでしょうか?「防災」と言う科目がやはり必要です。

正直言って、今の防災教育は、指導者側の訓練になっているような気がします。指導者側が実際の災害時に慌てないで行動できることも確かに大切です。しかし生徒想いではない。国語や数学といった一般教養は、社会に出てからも役に立つような教育がされています。しかし、避難訓練などは、その学校にいる時しか役立たない。社会に出てから、時ところ変われば行動できない人が多いのは今の防災教育に問題があるからではないでしょうか?次の災害は待ってはくれません。少しでも早く今の防災教育を見直して、社会に出てからも役に立つような力を小さいうちから身につけることが大切だと思います。昨年、東京都に"東京防災"と言う冊子が配られました。そこに書いてある内容を実際の教育現場で一つの授業として使っていればあれを全世帯に今更配る必要はなかったはずです。

残念ながら自然災害はなくすことができません。しかし、自然災害で命を落とす人の数を減らすことはそれほど難しいことではないでしょう。大きな地震災害が起きた今こそ、防災教育を見直すべきです。

本当に紫外線が強いのは? そろそろ日焼け対策…

最初に申し上げておきます。私は化粧品会社の回し者ではありませんww

さて、今日は多くの方が気にしているであろう紫外線について考えましょう。
紫外線とは、日焼けの原因ともなるものですね。まあ、ものと言っても、実態は空間を流れる波なんですが。

紫外線についての専門家ではないので、紫外線について少し調べたことを書いてみます。

まず、紫外線には何種類か種類がありますが、その中でも地上に届いて生物に影響を与えるのがUVAとUVB。より波長が短いのがUVBのようです。
さて、物理を学んだことがある方は波長が短いほどエネルギーが大きくなります。
《ウィーンの変異則(波長と温度は反比例の関係) によると、波長が短いほど、対応する温度は高くなり、ステファンボルツマンの法則(エネルギーと温度の4乗が比例) によると温度が高いほど、つまり波長が短いほどエネルギーが大きくなるわけです。》

ということで、より波長の短いUVBの方がUVAよりエネルギーとしては大きくなるわけですね。エネルギーが大きい方が人にも影響が大きいということは想像できるでしょう。では、UVBの方が人への影響が大きいのでしょうか?

ところが実際はそうではないようです。UVAの方がUVBよりも気をつけなければならないようですね。その理由としては、
①太陽光中のUVAの方がUVBよりも総エネルギー量が多い。
②波長の長い紫外線ほど皮膚の奥に入り込む性質がある
ということらしいですね。①はなんとなく大気中のオゾンの分布とも似ている気がします。1つあたりではUVBの方が多くても、総量となるとUVAの方が多くなるということですね。枯れ木も山の賑わい的な。②は、、、まあ、生物的な問題なのでしょうか?
ということで、日焼け止めクリームはUVAに対応したものがいいということですかね。

実は今回書きたかったのは、「UVAに注意しましょう」ということではありません。これからが本題です。でも、先ほどの①の理由は頭に入れておいてください。

まず問題です。
紫外線に気をつけなければならないのは何月でしょう?

暑くなる8月ですか?

確かに、8月は月平均で一番紫外線が多い月の一つです。




東京では僅差で7月ですが、まあ、8月と言っても問題ないでしょう。ここで問題にすべきなのは、これは月平均であることです。
10、10、10、10、10の平均は10ですが、
0、0、0、0、50も平均は10なのです。

確かに農作物や、人間以外の生態系においては、瞬間的なものより平均的なものの方が重要になってきます。しかし、人間の日焼けという観点では、1日単位の変化が大切になってくるわけです。日焼けは充分1日で進行してしまうことだからです。

では、日ごとに見たときはどうでしょうか?


黒い点が1日ごとの値になるわけですね。薄く書かれた線が平均線です。こう見ると平均から大きく外れるものも目立ちますね。

4月の最大値を見てみましょう。昨年は4月でもUVインデックス8(または、非常に強い)以上が1日だけですが存在しました。これは8月の平均よりも高いわけですね。5月になると7日以上がUVインデックス8を超えました。のべ1週間も8月並みの紫外線になったわけですね。

さて、ではどうして平均よりも上だったり下だったりするのでしょうか?

それはもちろん、天気が影響しているわけですね。曇りや雨だと紫外線量は減ります。逆に雲一つない晴れだと、最大のエネルギーがやってくるわけですね。

ここでいう最大のエネルギーは、太陽の南中高度の影響を受けます。同じ総エネルギーでも、太陽光が斜めから当たると地上では広がって、強さとしては弱まるからです。一日のうちでも朝と正午前後では正午前後の方が紫外線が強いということからも理解は容易でしょう。
太陽の南中高度が最大なのは夏至の時期ですから、本来ならば6月中旬〜7月上旬あたりが一番エネルギーの高い時期となります。しかし、幸か不幸かその時期の本州は梅雨の時期で曇りや雨がちの天気となります。梅雨の中休みのときは紫外線量も多くなりますが、平均をとると少なめになるのです。
逆に7月、8月というのは太陽光度としては下がってきつつある時期ですが、太平洋高気圧に覆われてよく晴れます。紫外線量の少ない日が少なくなるため、結果的に平均をとると高くなるわけですね。数字のトリックです。先ほど、頭に入れておいてね〜と言った①の理由と同じ考え方です。
では5月はどうでしょう。5月は高気圧や低気圧が周期的に通過し、晴れや雨がしっかり分かれた時期でもあります。太陽の高度としては7、8月並みです。このことから、盛夏ほどではないにしろ、紫外線量の平均はかなり多い季節でもあります。

どうも私たちは、気温と紫外線に関係を見出すという錯覚をしてしまうようです。暑い=紫外線が強いという印象を持っている方も多いのではないでしょうか?今述べてきたように、紫外線に関係するのは、気温よりはむしろ、太陽の高度と日照時間ということです。平均気温が最大になるのは8月なので、紫外線対策は8月にバッチリと考えている方も多いでしょうが、それではもう手遅れなわけですね。東京でも、5月は、まだ残暑残る9月以上です。

最近は、熱中症対策か、運動会を従来の9月から5月頃に持ってくる学校も増えてきているようです。そりゃ5月の方が気温は低いですし、熱中症のリスクは小さいです。しかし、紫外線という観点から見れば5月の方が強いわけですね。「子供は日焼けしてなんぼ」みたいなこともあるかと思いますが、運動会を見に来る親御さんは日焼けは天敵。運動会は子供の熱中症を心配することから、親御さんの日焼けを気にしなければならない時代になったのでしょうかね。

ここまで見てきたように、もうこれから、晴れれば1日の紫外線量が真夏並みの日になる可能性が出てくる時期です。その意味では、紫外線を気にされる方ならば、紫外線対策を始めても早くはない時期と言えるでしょう。長時間屋外で作業される方は、日焼けに注意が必要な時期となってきたということです。
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