3年目気象予報士の成長日記

ある大学生気象予報士が、日々の天気を通じて学んでいくブログです。 気象庁発表の天気予報の解析、解説を行っています。

その他の天気関連

日々の天気を会話形式でわかりやすく解説することに努めています。
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【勉強】2016年1月13日の雪

アウル教授 「今日の解説記事について、どうやらあまり良くない解説をした部分があると思っておる。この反省から今日は始めたいと思う。今日は日本海を低気圧が進んでいくということであったが、その解説で、西から北風に変わっていくため雪の範囲が東へ広がっていくという解説をした。ただ、アメダスの実況を見ていくと風はほぼ西風のまま山陰から北陸へと雨雲が広がっていった。これは、里雪型の気圧配置ということがすっかり頭から離れ、日本海側の雪=北寄りの風の時という構図を勝手に作ってしまっていたためと思う。」


アウル教授 「衛星画像の雲の流れる向きを見ても山陰地方や北陸地方は西よりの風であったことがわかる。つまり、山陰地方では風は陸地に対して平行に近い向きに吹いていたのである。これは里雪型の特徴でもあって、普段は北風で内陸に運ばれる雨雲、雪雲が西風だと内陸まで行かずに平野部で降らせるため、平野部での降水が多くなる。これは今日のアメダス観測データからも言えることじゃ。」


アウル教授 「さらに、山陰に限らず、東日本や東北も今日日中は陸地に平行に近い形で風が吹いた。つまり、北陸地方は西〜南西の風、東北地方は南西〜南の風ということじゃ。この風の向きが雪雲の分布に重要となった。山陰地方のアメダスを見てみると、今日正午の時点で雨が降っているのは島根県中心で隣の鳥取県はほとんど雨が降っていないことがわかる。日本海側の雪雲は海のある方向からやってくる。山陰地方は西風であったが、島根県の西は海が広がるため雪雲はやってこれる。鳥取県の西は陸地である。(山陰地方の海岸線はよく見ると山口県から島根県にかけては真西方向ではなく、南西〜北東方向に伸びる海岸である)。同じことが他の地域でも言える。北陸や東北は南西よりの風であったが、各地域南西方向は陸地が多い。これにより今日日中は雨雲、雪雲の分布が少なかった。ただし、この中でも2箇所だけ雨雲にさらされたところがあった。それは能登半島と佐渡島だった。能登半島は日本海に突き出した形になっていて、南西の風でも南西方向は若狭湾という海が広がっているために雲が発生したのであろう。同様に佐渡島も南西方向は海である。」


アウル教授 「このように、能登半島だけに雨雲が広がって、それより東の北陸、東北には雨雲がかからないという状況ができたのだと考えられる。」

アウル教授 「夕方、夜にかけても風向きはあまり変わっていませんが、低気圧本体の雨雲が新潟や東北日本海側にかかってきているようです。低気圧から南にシアライン(前線みたいなもの)が伸びているので、雨雲の分布としては新潟から東北というやや長細い分布をしておるのだと思います。山陰の西風も変わっていないので山陰もまだ雨雲がかかっています。」

アウル教授 「西高東低は確かに雪の降りやすい天気ですが、雪の降りやすいところ、降りにくいところはもう少し詳しく見ていくべきでした。」


このつづきは明日未明の記事に。

自分にとって今年の漢字は?

今年も、1年を表す漢字が話題となる時期になりましたね。
昨日、日本漢字能力検定協会主催の「今年の漢字」が発表されて、「安」に決まりましたね。安全保障を始め、平和を意識させることが多かったようです。ただ、天気という面では、決して安心できるような穏やかなものではありませんでしたよね。エルニーニョは起きるし、台風は毎月発生するし、台風による水害もありましたし、今年も気象犠牲者が残念ながら多い一年となってしまいました。

皆さんそれぞれにとっての1年は様々で、個人個人思うところの今年の漢字があることでしょう。皆さんにとっての今年はどんな一年で、漢字で表すとどうなりますか?一年を振り返り、良きところは継続し、悪しきところは直す、これは、気象の分野に限らず必要なことですね。来年を有意義に過ごすためにも、今年を振り返ってみるといいでしょう。といっても、今年初めのことってほとんど覚えていないんですよね。だいたい思い出すことが夏以降のことばっかりだったりして…(笑)

私の今年の一年を表す漢字は、「でしょうか。今年は晴れて気象予報士試験に合格したことを始め、これからも天気の分野に関わっていくことのできる道が開けた一年になったと思います。合格後も、これからがスタートという気持ちを肝に銘じながら、天気の予想をするというだけでなく、気象に関する知識や原理を身につけようと努力してきた、そんな一年でした。精進の進ですね。

また、今年は二十歳を迎え、人生の中でも大きなポイント通過の年となりました。

あとは、まあ毎年のことですが進級の進。だけど大学の進級はそう簡単ではなかったりして…振り返れば今年も頑張ったと思っています。

来年も、日々目標を持ちながら、達成したら次の目標、また達成したら次の目標という具合に精進していきたいですね。(まだ今年半月残っていますが)

この冬は暖冬? エルニーニョ監視速報(2015年12月)

毎月10日前後に気象庁はエルニーニョ監視速報を発表しています。
昨日、12月号が発表されました。資料ファイル本体は気象庁HPより閲覧可能です。
 
もうご存知の方も多いかと思いますが、現在、エルニーニョが発生しています。しかも、ここ数十年で最大規模のエルニーニョで、巷では「ゴジラエルニーニョ」などと呼ばれているほどです。

エルニーニョが発生していることを知らない方も、今年の12月は気温が高めだな、なんだか冬が来るのが遅いなあ、そう感じている方は多いでしょう。そういえば今年はまだ鍋料理してないな、という方もいたりして…

エルニーニョが日本に与える影響については過去の記事を参考にしてもらえればと思います。(今年5月に書いた記事です。)

さて、この冬はどうなっていくのか?気象庁発表の資料とともにざっと見ていきましょう。

図 エルニーニョ監視海域(ペルー沖)の海水温偏差5ヶ月移動平均


まずは、こちらの図。これは5ヶ月移動平均の図です。なぜ5ヶ月平均にする必要があるのか。それは、各月ごとだと誤差が生じることがあるからですね。例えば、毎日の最高気温なんてまちまち。ある時は20℃、ある時は10℃。でも、これを1週間ごとの平均を取っていくと、冬に向かう時は気温が下がっていくという傾向を見ることができますよね。これと同じ考えです。ちなみに、今月発表の図なのに8月までしかプロットされていないのは、8月のプロットが6月〜10月までの平均で、11月はまだ計算中ということなので9月のプロットはできないということです。慣れるまでは難しい図ですが、グラフの表現方法ということです。

この図が、エルニーニョが発生しているかどうかを見極めるもっとも基本的な図となります。平年と比べて0.5℃以上高い状態をエルニーニョと、"気象庁"は定義しています。(図の赤い領域ですね。)

明らかに赤い領域にある上、現在ピークを迎えているようです。ちなみにその後の黄色い表示は、予想です。その黄色い範囲内に今後のプロットが入っていくだろうという予想で、台風でいうと予報円と同じ役割です。(黄色い箱に入る確率は70%)

まあ、エルニーニョが発生しているということは疑いようもないことですね。

図 海水温の分布と平年からの偏差図

この図は11月の海面水温(上)と平年からの偏差(下)を表していますが、エルニーニョで重要なのは下の図です。この時点で平年よりも3℃以上高い海水がペルー沖に広がっています。一方で東南アジア方面は逆に平年より低い海水(水色の領域)が広がっています。11月だけの情報なので、本来はこれだけでエルニーニョと判断できませんが、今回は3℃という大きな偏差を出しているので、この図だけでもエルニーニョと判断できそうです。

さて、気になるのはこの冬がどうなるかですよね。
気象庁の予想によると、ペルー沖の海水温は来年の春にかけて高い状態が続くという予想です。つまりはこの冬はエルニーニョが続くということですね。ただ、グラフに書かれている今後の予想からも、すでにピークは過ぎているようです。今後はゆっくりですが偏差が小さくなっていくと考えられそうです。


エルニーニョだから暖冬、と断言できないのが厄介なところ。最近注目を浴びているのが、インド洋で発生するエルニーニョに似た現象、ダイポールモード現象です。エルニーニョはラニーニャと対の言葉がありますが、ダイポールモードは正のダイポールモードか負のダイポールモードかというふうに表現します。

正のダイポールモードが起きると、インド洋西部で海水温が高くなります。(海水温が高くなるのをダイポールモードといったほうがいいかもしれませんが)。おや、これは太平洋でのラニーニャ現象みたいですね。太平洋でラニーニャが起きた時、日本は…厳冬傾向。
ということは、エルニーニョが起きても正のダイポールモードがおきると影響を打ち消しあうようになることがあるからです。

じゃあ、今のインド洋はどうなっているのでしょうか?

図 インド洋の海水温偏差推移


これは5ヶ月移動平均ではなく、各月のプロットなのですが、平年より高くなっていますね。正のダイポールモードが起きていると言えるでしょうか?
太平洋のエルニーニョに比べれば、偏差は小さく、0.3℃程度ですが、太平洋と違ってインド洋では0.15℃以上の偏差(図の赤い領域)でも十分な影響があると気象庁は考えているようです。

この後の予想(黄色い箱)を見ると、今後偏差が拡大していく予想になっていますね。

次第に収まってくるエルニーニョ、まだ発達するダイポールモード、今はエルニーニョの影響が大きくなっていますが、次第に、ダイポールモードの影響も無視できないかもしれませんね。(来春以降の話になってくるかと思いますが。)

気象庁の季節予報は現在、2月まで出されていますが、南西諸島、西日本、東日本は全ての月で平年より高い気温になることが予想されています。(☜これだけダイポールモード持ち出しておいて、この冬はまだ影響が出ないというオチですが)。いわゆる暖冬予想ですね。ただ、暖冬が全ていいわけではないことは理解しておいた方がいいですね。現に今日12月11日は太平洋側で大雨となっています。本来の冬型なら、太平洋側は晴れ続きだったでしょう。

今はまだ発表されていない3月以降の季節予想も、平年とは大きく違う気候になってくるかもしれません。ダイポールモードがどこまで発達してくるのか?エルニーニョがどこまで収束してくるのか?日本から遠く離れた地域の出来事が、日本の影響を及ぼしてきます。来年はなかなか思った通りに季節がやってこない、そんな予感がしますね。今後の発表にも目が離せません。

決まりごとと私たちの感覚のズレ (愚痴)

愚痴をこぼした記事です。前半は天気とは全く関係ないですが、後半で天気を交えています。

さて、道路交通法が改正されて、自転車が原則車道(本当はもっと前から決まっていたことですが)が徹底されるべきとなった6月からはや4ヶ月余りが経ちました。が、以前自転車の歩道走行が目立ちますね。横断歩道では歩行者が入る際は降りて通行することと定められているにもかかわらず、まさかの警察官が自転車で悠々と渡る始末。私も普段自転車を乗りますが、6月以降は完全に車道走行をしております。何があろうと歩道は走行するまいと考えております。これには当然道路工事なども含みます。先日、道路工事現場でガードマンが、自転車に乗った私を歩道へと誘導しようとしました。当然無視。後ろから「自転車歩道!」などというトンチンカンな叫び声が聞こえてくる始末。果たしてガードマンは道路交通法をご存知なのだろうか?というより、そういう発言をする人は、日常生活でも歩道を自転車で通っているのでしょうね。ちなみに警察の誘導は絶対従うべきだが、ガードマンの誘導は絶対ではありません。スーパーの駐車場出入り口で誘導している方もいらっしゃいますが、歩行者が来ているのに通行可という誤った仕草をする方もたくさん見てきました。たとえガードマンが誤った誘導をしても事故を起こせば自己責任となる可能性があります。

そもそも自転車は歩道を絶対に通ってはいけないというわけではありません。ただし、速度に制限があります。えっ、メーターの付いていない自転車で自分の速度なんてわからない?実際に自動車のように制限速度40km/hなどという数値規定はありませんが、自転車が歩道を通る場合は徐行することとされています。つまりは、先ほどのガードマンは、「申し訳ありませんが、自転車を降りて歩道を通っていただけますか?」というのが正しい誘導でしょう。そう言っていただければ私も快く誘導に協力したことでしょう。

では、あなたにとって徐行ってどれくらいですか?
徐行とは、直ちに停止できる速度だそうです。まあ感覚としては6km/hまででしょうか?多めに見積もっても10km/h。これを超えては徐行とは言えないでしょう。果たして歩道走行の自転車は、徐行しているのでしょうか?時速6km/hというと、一般的な成人が歩く速度です。10km/hになると、よく朝夕頑張って歩道を走ってトレーニングしておられる方くらいの速度でしょうか。つまりはこれらの方を追い抜くような速度は徐行とは言えません。私は歩道を走っている自転車が、歩行者を追い抜かなかったのを見たことがありません。つまりは、歩道を走っている自転車のほぼ100%が法律違反をしているということですね。

そもそもこのことを自転車に乗っている方のどれくらいの方が知っているのでしょうか?というより知らないなら許されることなのでしょうか?今話題の某政治家の金問題で、先日、"法律を知らない人が得する社会"と苦言を呈している専門家の方がいらっしゃいましたが、まさにその通りですね。そんな社会はいけませんね。警察も取り締まりが甘いのでしょうね。

で、長くなってきましたが、実はここまで前置き。本題ここからです。
先ほどの徐行の速度。「そんなの時速15km/hでも自分は止まれるから自分にとっては徐行だ!」と言い張る人もおそらくいるでしょう。社会的に決められた規則と、人間の感覚のズレですね。このようなことは気象の分野でよく見られることです。

さて、今日の東京はどんな天気でしたか?曇り?微妙なところですが、もしかしたら晴れと判断される天気かもしれませんね。「そんなわけあるかい。空はほぼ曇りじゃい」そういう意見もあるでしょう。気象学的な晴れとは、雲量が8割以下の状態となります。さらには、雲量が9や10であっても、上空の高い雲が主体で、日差しがかろうじてかろうじて届きそうという薄曇りも天気予報では晴れ扱いです。天気予報で晴れというのはかなりの範囲を含みます。なにせ、青空がなくても晴れとなるくらいですから。このように人間の感覚と気象学的な感覚には大きな差が生じることがあります。

しかし、それは当たり前のこと。そもそも気象における基準は人間基準ではありません。環境基準なのです。これくらいの日射では植物がどう育つとか、これくらいの雨なら土砂崩れが起きるだとか、そういう基準です。今日は天体観測ができるかだとか、花火大会が実施されるかだとかいう人間の娯楽に即したものではないのです。「晴れるって言ったじゃないか。流星群見られると思ったのに曇ってたぞ。」「いや、でも雲量は8なので晴れです。」そういう会話も起こりうるのです。

雨の例をとってみましょう。雨の強さを表す語は、やや強い雨から猛烈な雨まで区分されていますが、やや強い雨というのは10mm/hからです。しかし、私たちの感覚で10mm/hというのは土砂降りの部類。やや強い雨というのは5mm/hくらいでしょうか。次の段階の強い雨は20mm/hからですが、こんな雨だと人間は外出危険です。ただ、気象では下から2番目(もしくは3番目)の基準で、まだまだ上に基準があります。私たちが感じる雨の強さというのは、傘をさす必要があるかだとか、傘をさしても濡れるか、だとか生活に即した感覚です。でも気象学では、川が増水するかだとか、土砂災害が起きるかだとか、そういう基準で決められているので、10mm/hというのは、普通なら災害は起きないけど、状況によっては起きる可能性もあるから、やや強いということにしておこうみたいな感じで決められています。

風の例なんかも顕著です。風の指標の中で最も弱い部類なのは、風速10m/sからの、"やや強い風"。しかし、風速10m/sとは、時速36km/h。無風状態で自転車を猛スピードで漕いだ時に感じる風と同じくらいです。かなり強い風でしょう。私たちは、風の強さは、髪がそよぐだとか、向かい風で歩きにくいだとかで感じますが、自然基準の気象では、木が倒れるだとか、高波が起きるだとか、そういうものを基準としているので、私たちの感覚とは異なってくるのです。気象の分野は自然という大きなものを対象としているため、私たちの感覚はより小さいものと判断されてしまいます。一方で、道路交通法などでは逆に、私たちの感覚はより大きいものと判断されることが多いです。

人間というのは、人それぞれ感覚が違います。自転車の制限速度の話でも出しましたが、徐行と感じる速度でさえ人それぞれ。だから、社会共通の基準を定めたわけです。この定める時に、単に人間の感覚の平均をとったならば、それは多くの人にとって合点のいくものとなったかもしれませんが、そうではない、気象学では環境基準、交通の分野では、事故が起きた際に責任を明白にしやすい基準で定められているために、私たちの感覚とずれているのです。

このズレに私たちがどう対処していくのか。気象の分野では、こういう勘違いをいかに正確に(雲が多くても晴れと書かれているのを、いかに雲の多い晴れと伝えられるか)、そして、このズレを埋めるような伝え方をすることが大切だと感じますね。なかなか人々の感覚に寄り添った天気予報というのはまだまだ少ないです。


なぜ防災教育は普及しないのか

たまには気象予報士としてこんな記事も書いたほうがいいと思いました。日頃思っていて、今回の関東北部から東北南部の豪雨を受けて一層考えるようになったことです。

表題の通り、なぜ防災教育は普及しないのでしょうか。私の考えでは、国語や数学といった一般教養に、防災という科目があってもいいくらいだと思っています。週1コマくらい"防災"という授業を取り入れたらどうでしょうかと思うくらいです。将来の命に関わることなのですから。同じく命に関わることで、人との関わりを説いた道徳はとうに一つの科目となっています。しかし、自然との関わりを説いた防災は、年に数回避難訓練をする程度で普段の学校生活ではほとんど意識することはないでしょう。それに生徒の側から立つと、自分もそうだったのですが、避難訓練って半分楽しい行事になってしまっているのです。そんなことで果たして修学後に自然災害が起こった時正しい判断ができるのでしょうか?というよりできていないのが現実ではないでしょうか。しっかりした防災教育ができていれば、増水した川に近づく人や、台風が過ぎてすぐに釣りに出かけるような人はもっと少ないはずです。(それでも逆らっていく人は行くのでしょうが)。自分が数学が好きというのもあってか、以下数学をよく例に出しています。数学が苦手、国語が得意という方は数学を国語にでも置き換えながら読んでください。

避難訓練には多くの問題があります。皆さん、自分が今までに参加してきた避難訓練を思い浮かべてみてください。状況は例えば地震が起きただの、理科室で火災が起きただの、もちろんこの訓練に意味がないと言っているわけではありませんが、ほとんど学校の中だけで終わってしまっています。それに訓練の種類が少なすぎます。我々の身の回りで起きる自然災害は何も地震と火災だけではないでしょう。水害、土砂災害、台風、竜巻、雷、時と場合によって同じ災害名でも中身は異なるはず。数学で、同じ単元でも無限に問題があるように。地震を例にしても、この階段は使えないとか、運動場は液状化しているとか、登下校時とか、いろいろとあるはずなのに、毎回同じ条件でしてしまっているのです。それも先生が誘導するなんてことも。生徒は先生の後をついていくだけの操り人形状態。1通りしかしないから生徒は本質が見えない、授業中にみんなが揃っていて、あの階段が使えて、グラウンドに先生が誘導してくれて集合できる場合しか体が動かないなんてことになっていませんか?自宅にいる時は何もできないなんてことになっていませんか?数学でたった1問説いただけでその分野完璧に解けるようになりますか?多くの問題を解きながら慣れていく数学、防災も同じでしょう。 条件を変えながら、生徒に考えさせながら行動させる防災教育が必要なのではないでしょうか。そのような教育を実現するためには、1学期に1回程度の避難訓練で足りるはずがありません。気象予報士の職場を増やせと言っているわけでは決してありませんが、そういう防災教育をできる先生がいないのなら、地域の気象予報士が活躍できる場でもあると思います。最近では新たに津波訓練で学校の敷地を超えて高台まで避難するということを始めた学校もあるようですがまだまだ数は少ないままです。水害や土砂災害といった他の自然災害への避難訓練を行っているような学校はもっと少ないでしょう。

以前、東北のある学校で、東日本大震災が起きる以前に津波の避難訓練を行ったり、津波が起きた時のことを生徒がしっかり考える場を持っていたことで、震災時に多くの生徒が素早く避難し、命が救われたという話をテレビで見ました。もちろん、実際の津波は彼ら達が思い描いていたものとは異なったかもしれません。しかし、過去にしっかり自分たちで考えていたからこそ、応用できたわけです。数学だって全く同じ問題でなければ解けないというわけではないはず。要はそれに対していかに深く考えたかということです。

防災教育の難しさは、一般性だけではないということでしょうか。数学の公式などは日本全国、全世界的にも普遍的です。国語で方言を教えている学校というのはあまりない気がします。もちろん、例えば増水した川には近づかないということや、地震が起きた時埋立地では液状化に注意するといった一般的なこともあります。しかし、自然災害はその地域ごとに起こりやすさなどが異なります。川が氾濫した時どの地域が浸水するのかというのは地域ごとによって異なるものです。そのため検定教科書などだけで全てを網羅することはできません。それ以外の地域性はそれぞれの学校ごと、地域ごとに教えていく必要があります。その意味では数学などの一般教養科目以上に幅の広い分野なのです。それだけに生徒に教えていく内容も深く広いのです。

防災教育で地域性だけを教えることは、危険な面があるということを今回の水害で私も学びました。地域に住むからには地域性は大切と思うかもしれませんが、地域性だけをもって行動することは危険なのです。今回の水害では、ある地域で、川が氾濫してもその地域は浸水しない言い伝えがあるから、避難しなかったという方がいたようです。言い伝えとはまさに地域性ですが、今回はこの言い伝えがために被災された方も多少はいらっしゃるのでしょう。一般性と地域性両方をもって、様々なパターンを考えながら行動する力を生徒に身につかせる必要があります。ここは浸水しないと言われているけど、今回に限っては浸水するかもしれないと考えた方はどれくらいいらっしゃるのでしょうか?これはあの震災時の巨大津波の時も同じです。過去最高の津波到達地点で安心しきったということはないでしょうか? 地域だけでは教育しきれない面が防災にはあります。それ故に、一つの科目として樹立し、全国的に一般的な知識を教えていくことが必要なのではないでしょうか。相手は自然です。想定外というのは必ず起きる、そのことも教育すべきことでしょう。

今回、豪雨で氾濫の被害があった地域の中には、実際に事前にシミュレーションを立てて、浸水予想地域を描いたハザードマップを作っていた地域があるようです。そのシミュレーションで扱った氾濫場所というのは奇しくも今回の水害と似たような場所だったとか。それにもかかわらず大きな被害が出てしまいました。防災教育がしっかりされていなかったがために、たとえハザードマップを見ても何も考えなかったのかもしれません。いずれにせよ、せっかく予想されていた情報すら利用できなかったのですから、この予想と異なった時はもっと何もできないのではないでしょうか?これは今後起きうるとされる首都直下型地震を始め様々にシミュレーションされている自然災害全てに言えることです。

このように、防災とは、一言では言い表せないほど多くの分野をはらんでいるのです。しかし、現在の日本ではその重要性は残念ながらあまり考えられていません。過去に自然災害を受けた地域ではその意識が高いかもしれませんが、一度も受けたことがない地域での意識はかなり低いでしょう。今後、防災教育が道徳教育などと同じように重要視され、小さいうちから自然を理解する力を身につける教育が推進されることを望みます。




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